「シリウス!」


 声色まで青くしたオレの声が、広場に響いた。




 104.





「黙ってろ。掠り傷だ」


 頬からぱたぱたと血を滴らせながら、シリウスは剣呑な瞳でセブを睨みつけた。戸惑いながらオレも視線をセブに向けて―――言葉を失った。

 真っ暗な瞳。もともと生気のある顔をしているかと言われればそんなことはなかったけれど、見たこともないくらいに闇に沈んだ色をしたその瞳にオレは息をのむ。なんで・・・?どうしちゃったんだよ、セブ・・・!!


「っ、やめ、」
「邪魔をするな」


 今日こそこの積年の恨みを晴らしてやる、とでも言いたげに吐き捨てたセブの言葉に、どうしたらいいのかわからなくなってオレの足はその場に縫いとめられる。お互いに杖を持ちにらみ合ったままの二人は一触即発の雰囲気だ。


「良い様だな?ブラック。貴様の目を見ると虫唾が走る」
「こっちの台詞だ、スニベルス」


 違う。こんなのいつものセブじゃない。
 セブはいつだって自分から仕掛けたりなんてしなかった。馬鹿犬やアホジェームズが絡んでくるのを冷静な目で受け流したり、多少反撃することはあっても、こんなことしなかった。なのにどうして。

 ああ、最後にちゃんとセブと話をしたのはいつだっただろう。




*




 そりゃー僕だってスニベルスは嫌いだよ?は気づいてないしわかってないだろうけど、あいつほど闇の魔術にどっぷり惹かれてるやつはほかにいないと思うね!闇の魔術で家族を失ったが、なんでいまだにスニベルスにひっつくのか、意味が分からないよ!
 そんなことを思いながら僕はひっそりと自嘲的な笑みを浮かべた。あの子はきっと、僕のような醜いことは思わない。ただ純粋に友達としての気持ちがあるだけだ。分かっている。


「ジェームズ!!」
「え?リリー・・・なんだい愛しのリリー!!僕を呼びに来てくれるなんて!!ぜひ僕と一緒にこのレポートを」
「罰則レポートなんて書いてる場合じゃないわよ!!ああもう、リーマスの方がよかったのに・・・っ貴方でいいから早く来て!」


 なんでリーマスはいないのよ!と悪態をつくリリー。まあ彼は今、月に一度の例の日だから、叫びの屋敷に引っ込んでいるんだけどね?それはともかく、血相を変えて腕を引っ張るリリーの言葉に耳を傾ける。


「シリウスとセブルスがケンカしてたの!」
「いつものことじゃないか、なにをいまさら」
「それはいいの、もうセブは寮に帰ったわ。そうじゃなくて、とシリウスが」
「あの二人が?」


 引っ張られるままに広場に足を踏みいれて、絶句した。とシリウスが物凄い勢いで殴り合っている。ていうか、君、女の子だったよね仮にも!?なんで拳と拳でぶつかりあってるのさ!流石の僕もふっと気が遠くなるのを感じる。


「最初に機嫌悪くしてんのはおまえだろが!!なんでオレに八つ当たってくるんだよ!!」
「うるっせーよこの猿女!クソガキ!馬鹿力!!そんなにスニベルスの肩を持つならスリザリンに行っちまえ!!」
「セブは関係ねーっつってんだろ!!!」


 ・・・なんなんだいこの二人は。似た者同士なのは分かっていたけれど、なんなの?馬鹿なの?死ぬの?なるほどリリーが間に入れなかった理由がよくわかった。自分が殴られかねない。


「ストップ。なにしてるんだい君たちは」
「うるせージェームズ!!止めんな!」
「あのねシリウス。君ね、ちょっといい加減にしたらどうだい落ち着きなよ」
「んだよ!!」


 無理やり引きはがして遠ざけて、僕は深い深いため息をついた。向こう側ではリリーがに飛びついて、振り上げた拳を下ろさせる。


「シリウス。あのさ、一応仮にもそうは見えなくても生物学上はは女の子なんだよ?」
「なんかすっげームカつく台詞が聞こえるんだけど」
「本気で殴り合いしてどーするんだい。いったい何があったっていうんだ?」
「・・・ッなんでもねぇよ!」
「へえ!!ほっぺたからボタボタ血を流して親友と殴り合いして何でもないっていうんだね?――――いい加減にしろ、シリウス」


 シリウスの胸ぐらをつかんで引き寄せて、僕は声を落とした。ぐっ、と口ごもったシリウスは僕から視線を逸らす。そのまま声を荒げ、続けようとしたところをが止めた。


「やめろ、ジェームズ」
「・・・
「もういい。馬鹿犬なんか、もう知らない」


 殴られたときに口の中を切ったのか、右手の親指で口の端に触れながら、痛そうに眉をひそめて彼女は言う。何か所も痣を作って綺麗な金髪をぼさぼさにして、はシリウスの方をちらりとも見なかった。リリーが自分まで痛そうな顔をしながら、杖を振って破けたのスカートを直していく。


「ケンカ買ったオレも悪いもん。もういーや。行こう、リリー」
「えっ、ちょっと?待って、待ってったら!怪我してるのよ!?」


 振り切るようにして踵を返したはスタスタと行ってしまった。そのあとを慌ててリリーが追いかけて、ってリリー行っちゃうのかい!?思わず僕も追いかけようとしたけれどギリギリのところで踏みとどまる。俯いたまま無言を貫き通すシリウスに向き直り、僕は溜息をついた。


「全く。の方がよっぽど男らしいよ。・・・僕しかいないんだから、もういいだろう?」
「・・・・・・・・・ジェームズ」


 ほとんど泣きそうな声で僕の名を呼ぶシリウスは、に負けず劣らずボロボロの姿だ。黒髪には艶がないし、頬からの血はまだ止まらないし、掠り傷はあちこちについて、引っかかれたような爪痕もある。・・・にやられたんだろうけど、アイツ結構怖いな・・・。
 ずるずるとその場にへたり込んだシリウスに視線を合わせるようにして僕も座った。ああもう本当に、仕方ないなあ。















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130221