「・・・行ってきます」


 静かな部屋にオレの声が落ちる。


『いってらっしゃい、アオト』


 すぐ傍らで、優しくあの子が笑ったような気がして、だけど、振り返らずにオレは部屋を出た。




 101.




 失ったものはあまりにも大きすぎて、見えない傷も見える傷もあまりにも大きくて。何故オレではなかったのだろうと、自責しながら。それでも。

 ――――最後の約束をただ守るために。


「アオト・・・自分を責め過ぎだろう。お前は何も悪くないぞ」
「ああ、ありがとうムーディ。そんなことないさ。・・・さ、仕事だ」


 上司であるムーディは父の古い同僚で、いつのまにか後見人となっていて。そこまで根回しをしていた父の手際の良さに舌を巻く。同時に、ずっと迫っていた危機を、両親は理解していたのだと。いつから?・・・そんなの、分かり切っていたことだった。

 本当なら、今頃。娘か息子かがもうこの腕のなかにいたころだろう。考えずにはいられなかった。愛しいわが子と出会いたかっただろう、アリアの無念がひたすらに胸に突き刺さる。考えない日など無かった。


「魔法省の上はまだうるさく言ってるのか?」
「仕方あるまい、アオト。お前の言うことは少々無茶だ。頭を冷やせ、だと」
「グダグダ言ってる場合じゃないだろう」
「分かれ。お前ほどの戦力を失うのは我々だって辛いのだ。奇跡的に命を拾ったんだぞ、アオト」


 わかってるよ、と投げやりに返しながらオレは手帳に書き込みを増やしていく。いくら言っても現場を知らない上の人間は動きが遅い。こうしている一瞬の間にも現場は動いていく。それをわかっていない。悔しさに握りしめた手のひらの色が白くなる。若いなと笑うムーディに気付かないふりをした。


「ガートルの傷は治ったのか?あとはジルが呪いを受けていたよな」
「2人とも完治だ。今日から復帰できる」
「良かった。チームの活気が戻ってくる」


 欠けていた闇払いのメンバーが数か月ぶりに揃う。それだけでもいい流れだ。このところ、ヤツらにいいようにやられていたから、鬱憤がたまっているヤツも多いはずだ。そこに、南の方からフクロウが飛んできた。賢そうな茶色い瞳をしている。運んできた白い封筒から暗号化された文書を取り出して、オレはムーディを見た。


「・・・新しい情報が入った、ムーディ。死喰い人についてだ。闇払いは全員そろってるのか?」
「もう全員揃っているはずだ。・・・この、名前は」
「ああ。オレも知ってる。―――ヤツらは」





 *






「――――――――ッッ!!!」


 跳ね起きた途端、教科書がバサバサと音を立てた。ジロリ、とマクゴナガル先生に睨まれオレは慌てて体制を整える。だけど、どくどくと荒い心臓の音。すぐ横のリリーが心配そうにオレを覗き込む。大丈夫だと仕草でアピールして、必死で呼吸を整える。


 夢だ。


 汗が浮いて気持ち悪い。膝を抱えて丸くなりたい衝動を抑えながら、吐きそうな胸の奥を宥めようと深呼吸を繰り返した。分かっていたのに、授業中に居眠りなんかしたから。自己嫌悪で憂鬱になる。

 あの日の後、ホグワーツの医務室で数日過ごしたときは夢を見ない薬を処方されてひたすら寝ていた(あまり覚えてないけど)。実家に一人で帰った直後から、夢を見るようになって。何度も何度も母の声、父の背中がよみがえり、何度もオレの目の前からアリアさんが消えていく。どれだけ繰り返したって、オレはその手をつかめずに≪移動≫してしまうのだ。毎晩のようにあげていた悲鳴は当然の如くムーディにも知られていて。・・・アオト兄が戻ってきたら、大分改善されたのに。


「・・・・・・わかってる」


 誰にも聞こえないように小さく呟いた。分かってる。忘れられるはずなんてない。まるで助かってしまったことへの罰のように、繰り返し繰り返しあの日がやってくる。分かってるよそんなこと。――――ごめんな、さい。・・・ごめんなさい、アオト兄。
















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