10. 「それにしても!まさか君の悪口を言うと本当にアオトさんが来るだなんて思わなかったよ!!」 「本当にね。いくらなんでも驚いたよ」 「は? ジェームズ、本気?リーマスも・・・。え、なにみんな、アオト兄はオレが悪口言われたから出現したってホントに思ってんの?」 こくこくと頷くみんなを見て、オレは思わず深い深いため息をついた。 「んなわけないじゃん」 あのひとはそこまでオレに甘くはない。 「わあああああああっっ!だ、だれかっ!」 何事だよ。魔法薬の授業の真っ最中、課題は「きらきらと髪・輝く☆毛髪にお勧め栄養薬」。なかなかとこれが難しくて、みんなで必死に調合しているところにそんな悲鳴。しかもその主は、ものすごく近くにしゃがみこんでいた少年だった。 「ピーター?」 振り返ったジェームズの声に、顔を上げたピーターは半泣きで、オレたちがぎょっとしたのは仕方ないと思う。オレは所在無さげに構えられたピーターの杖と、崩れた机の上の教科書や筆記用具、調合器材を見てなんとなく状況を理解する。 「材料のねずみに逃げられた?」 もしかして、とリーマスが訪ねた言葉に、声を出さずにこくこくと頷くピーター。そしてシリウスはあからさまにため息を。みるみる涙をためる同い年の少年の姿に、ジェームズは慌てて駆け寄ってそしてオレはシリウスの腹に思い切り肘鉄を食らわせた。「ぐはぁっ」という美しさのかけらもない声が斜め後ろ後方68度くらいから聞こえる。 「・・・・ッて、めぇ・・・・・・・・・・」 「あのなぁ、ピーターが人一倍おどおどしちゃうのは知ってんだろ。もうちょいこう、思いやりの気持ちを見せろよ、お前は・・・」 「何も言わねえで肘鉄食らわせるお前に思いやりがあるとは思えねえよ!」 「里の犬は火の上で黙るんだよ」 「意味不明だろ!」 分かんないかなあ。「黙れ」っつーことを言いたいんだけど。 「完全に見失ったのかい?」 「うん・・・」 「先生に頼んでもう一匹貰いに行く?僕も一緒に行くよ」 「あ、ありがとう、リーマス!」 ほっとしたのか表情を緩ませて、ピーターと一緒に先生のところへ向かうピーター。ほんと小動物みたいなやつだな。 「さて、じゃあ僕らはピーターのねずみを探そうじゃないか?」 「あ?だって今、リーマスと二人で代りを貰いにいったじゃねえか」 「・・・ああ、あのキアリス教授が簡単にグリフィンドール生にするわけがないってわけか」 腕を組んでため息とともに言うと、シリウスもすぐに分かったらしく不快そうに思いっきり眉を寄せた。ううむ、美男子はこういう姿も絵になる。なんちゅう得なヤツだ。 「ああ、だからリーマス、一緒に行ったんだ」 ピーター一人ではさすがにかわいそう過ぎる。それは分かる。 それに、彼なら逆ギレすることも感情に流されることも少ないし、スリザリンの寮監でもある嫌みたらったらのキアリス教授と対峙するのも特に大変ではないだろう。リーマスの考えって言うのは、実はかなり深くて読めない。すごいと思う。素直に尊敬する。 「うーん、でもどっちにしろピーターは新・ねずみのげっとは無理そうじゃん」 「そうだね。思うに、そう遠くには行ってないと思う。ただ、この教室広いんだ」 「なんか知らねえのか?便利な魔法」 「習ってないしなー・・・本なら読んだ。アオト兄や父さんが家で使ってる呪文なら知ってるけど」 「マジかよ!」 目を輝かせたシリウスと裏腹に、オレは困ったように頭の後ろをかいた。うーん、知ってるって言ったって本当に聞いただけ、見てただけ程度の話なんだけど。それに父さんも母さんもアオト兄も、家じゃ魔法を使わないようにして生活してるからなー。 「ジェームズとシリウスだって魔法族出身だろ。二人だって知らないのかよ」 「うーん。普段からそんなに気にしないものじゃないかい?どうだったかな」 首をかしげたジェームズと対照的に、一気に押し黙ったシリウスの様子に驚く。さっと瞳に影がよぎり、剣呑なその表情に思わず息をのむ。え、なんだろう。オレなにか、変なこと言っただろうか。 「・・・・・・・そんなもの知らねえ」 「・・・あ、そう・・・?」 ぼそりとそれだけ言って、イスや荷物をがたごととし始めたシリウスは(多分ねずみ探しの行動)、そのまま何もしゃべらない。彼のそのいきなりの変化にもちろん、オレだけじゃなくジェームズも気づいていて、二人で顔を見合わせた。 「・・・・・・ところで思い出した?」 「いや、僕は・・・聞けば多分分かるだろうけどね」 結局なにも言うことができず話を戻す。大仰に肩をすくめるジェームズは、呪文は思い出せなかったらしい。仕方なく、アオト兄の杖の振りと言葉を思い出そうと躊躇いがちに杖を構えた。前に一回遊び半分でやって、失敗して怒られたこともあるんだけどなぁ。そのとき、 「ほう―――?なにかね、君は。私の授業には準備が足りないとでも?」 「いえ、それは・・・」 キアリス教授のとげとげした言葉と困り果てたリーマスの声が聞こえてきた。思わずそちらに視線をやると、尊大を通り越して傲慢な態度で、ふん、と鼻を鳴らして自分よりも頭2つ分は小さいリーマスと、それ以上に小さいピーターを見下ろしている魔法薬学教授の姿が見えた。 「ほう?違うというのかね?たった今言ったではないか?『予備くらい用意しておけ』と」 ・・・うざい。 「そういう意味じゃ・・・ただ、材料に生きたねずみが必要なのであれば、まだまだ魔法をろくに習得もできていない僕たちのなかに逃がしてしまうような生徒もいることも考慮してほしい、と言っただけで」 辛抱強く言いつのるリーマスに、教授は意地の悪い笑みを浮かべる。 「では何か。私はそこの材料を逃がしたような落ちこぼれのために研究室まで戻り予備を持って来いと?そうでなければ逃げたねずみを探し出せと?馬鹿馬鹿しい。ペディグリューの完全な不注意だ。自分の不注意は自分でどうにかすることだな。それでこの授業の課題がこなせず点数がとれなくとも私には全く影響はない」 いつのまにかシリウスが机の下から出て横に立っていた。その視線も例外なく前の3人に向かっている。 「そんな、でも」 「教師に口答えするな。グリフィンドール5点減点」 「っ!」 「なんだその目は。グリフィンドール10点減点!」 悔しそうに唇をかんだリーマスを、目にいっぱい涙をためたピーターが、ひっぱって首を振る。きっとまた、ごめんね、と口ごもりながら何度も何度も繰り返すのだろう。自分のために教師に意見したリーマスは、寮から点をどんどん引かせてしまう。リーマスは優しいし、事実ピーターのせいではないのだから笑ってピーターに「大丈夫だよ」と返すだろうけれど、ピーターはそれでも落ち込んでしまうだろう。その姿が容易に想像できて頭にきた。 「あの野郎っ・・・!」 「だめだシリウス!ここで僕らが行ったら、また・・・」 同じことだ。むしろ、余計にピーターを傷つけかねない。 オレは無言で杖を構えた。その行為に驚いたジェームズとシリウスが声を上げる前に、呪文を唱える。 「アクシオ!ピーターのねずみよ来いッ!!」 次の瞬間、一番前の方の席から悲鳴が上がった。教科書を跳ね上げるようにして飛び上がった「何か」は、そのまま一直線に横薙ぎに飛ぶ。そしてそのまま、キアリス教授に直撃した。 「ッぐうぅ!!??」 「「―――――――――え」」 そのまま教授は床に倒れこんだ。リーマスとピーターが凍りつく。そしてそこで「何か」は見事に直角に曲がり、そのままオレのもとへ飛んでくる。そしてオレの目の前でキキキィッ!と音がしそうなほどに急停止した。 「おお。成功?」 「い、今の、・・・?」 「・・・・・・・・・・・貴様・・・・・・・・・・・・・」 手の中におさまった目を回しているねずみをキャッチして、オレは呑気にそう言った。ピーターが呆然とした声で呟く。その後ろで、よろよろと立ちあがった教授が、地獄の底から響きそうなほどの低音ボイスで喋った。途端に固まる小さい少年。向けられた殺気のこもった瞳を見返して、オレは鮮やかに笑ってやった。 「ああ、すみません教授!教授の手をわずらわせるのはどうかと思ってピーターのねずみを探してみたんですよ!ほら、この通り発見できましたよ。これでペディグリューも課題をこなせます!」 「自分の不注意は自分でどうにかしろ、ということですが今彼は先生のところにいるので僕らがサポートしてみました。それでは、調合を続けます。お手数をおかけしました、先生」 衝撃から立ち直ったジェームズが、にこやかにそう言いながらすたすたと先生のところまで向かい、怒りにわなわなと震える教授の前からリーマスとピーターを連れて戻ってくる。ナイス連携。 「ありがとう、!」 「驚いたよ、もう・・・。でもありがとう。」 顔を輝かせるピーターと、いまだにうっすら冷や汗を浮かべたリーマスに礼を言われ、えっへんと胸を張る。どんなもんだい。 それから授業が終わるまで、減点をしてやろうとオレの周りをぐるぐると回る教授だったが、オレは一切ミス無しに課題を終わらせ完璧な薬を提出し、ものすごく悔しそうな顔をさせてやりました。してやったり。 ←BACK**NEXT→ 090124 |