8. 「アップ!」 「アップ!」 「アップ―――――っっ!!!」 鯉か。 「で、お前なんでそんなアッサリ上がってんの」 「ん?いや、ジェームズだって簡単に上がってるし。シリウスだって人のこと言えないじゃん」 形のいい手の中におさまった箒を指さす。そのジェームズはうきうきとリリーにアピールしまくり、いまだに箒を手にできないリリーに睨まれている。いや、どうせなら教えてやれよ。まだまだだなぁ。 そうじゃねえよ、とシリウスはオレの箒を指さした。 「何も言ってねえじゃんお前!」 「あー」 ばっちり見られてたか。 「いや、別に何も特別なことは。タダさっきの苛立ちを込めて力いっぱい睨んだらこう・・・すぐね」 再現するように目に怒りを込めてシリウスを睨むと、ざっ!と効果音でも聞こえるんじゃないだろうかという勢いでひかれた。そんでもって顔が青ざめた。すぐに表情を緩ませると、途端に肩の力を抜く。お前、分かりやすいな・・・。セブ並み。 「そんなワケ。案外いい感じに言うこと聞いてくれるよ」 「あ、そ、そうか・・・」 そんなに怖かったか、おい。 「おい、」 「・・・・・・・・なに」 嘲笑とともに聞こえた声。振り向くと、なんのことはない。あのスリザリンのデカブツ、ディサーダとそのゆかいな仲間たちだ。セブはといえば、少し離れたところで心配そうにこっちを見ている。止めに行きたいけど行けない、という感情が伝わってくるようでちょっと苦笑した。 「何笑ってんだ?なるほど、空気も読めないバカなんだな」 「てめぇっ」 「いい。シリウス」 「っ!」 「いいから。大丈夫」 不満そうなシリウスを落ち着かせるために一歩前に出て、オレは頭2つ分ほど上にある頭を見上げる。先ほどの視線を向けると、やや怯んだがそれでも嘲笑は消えない。さすがにこの身長差では迫力もあまり出ないらしい。くそう。 オレからしてみればシリウスだって長身だ。けど、そのシリウスからしてもディサーダはでかい。もう、なんか、とにかくでかい。横もあるし。 「わかった。勝負しよう」 「なんだと?」 「正々堂々、箒で。えっと、距離は・・・」 「グラウンド3周、最後にあの塔のてっぺんにある鳥の卵をとったほうが勝ち」 「リーマス!?」 突然の言葉に驚いて振り返ると、にっこりと優しげな笑みを浮かべたリーマスが、スタスタとディサーダに歩み寄りながら言った。 「先生に許可。もらったんだよ。面倒なことになるのは良くないからね」 「リーマス・・・。さんきゅ」 「だけど、その代わり。条件付きだよ」 振り返ると、先生がやれやれといった体で肩をすくめた。視線をリーマスに戻すと、笑顔のままで続ける彼がいた。だけど目が笑ってない。かなり怖い。 「勝負はと君だけじゃない。ある程度飛べる他の生徒たちも参加だよ。まだ飛べない生徒はしょうがないけど、自信がある子は参加する。もちろん、ジェームズもね」 気がつけば、結構な大事になっていたらしい。ジェームズがオレに向かって親指を立て、そのあとリリーに熱烈な抱擁をしようとして強烈な肘鉄を受け、そのリリーはオレに向かって声援を送る。ピーターは思わず箒を振り回して迷惑な顔をされ、そしてディサーダを応援する――というかグリフィンドールに向かってケンカを売るスリザリンの生徒の中にいるセブは、なんとも難しい顔をしている。心配してくれてるんだろうけど、ただ機嫌が悪いようにしか見えない。 あたりを見回して、オレは息をのんだ。歓声を上げる周囲。そんな周りの状況など気にも留めず、あいかわらずリーマスは笑顔のままで続ける。 「だから、表面上はグリフィンドールvsスリザリン。だれでもいいから取った生徒の所属寮が勝者。わかった?」 「――――いいぜ。やったろうじゃねぇか」 にぃ、と笑ってディサーダは仲間を引き連れフィールドの中心へ歩いて行く。先生が参加希望者を募って声をあげていた。生徒たちが我先にと飛びついて行く。飛べない子たちは、もう完璧に応援に徹することにしたらしい。リリーとピーターもそうらしく、箒をもったまま早々に端っこへと避難していた。 溜息をついてから近づいてきたリーマスからは、もう笑顔が消えていた。怒っているらしいその表情に、オレは知らずと声が小さくなる。 「ごめん、リーマス・・・ありがと」 「全く、はいつもゴタゴタを引き起こすね。シリウスもだよ」 「・・・悪ィ」 しゅん、としたオレたちを見て、リーマスはあきらめの混じった表情で笑った。 「まあいいけど。じゃあ、出場しに行こうか?」 「え、リーマス!?シリウスも、出るの!?」 「当たり前だろ?マグル出身者以外は大抵軽くは飛べるしな。あとは、体力に自信がないやつは無理かもしれないけど」 当然といった風に歩いて行くシリウスと、それに続いてリーマス。慌ててオレは、二人のあとを追いかけた。 * 「あら、セブルス。あなたは飛ばないの?」 「僕はこういうことには向いていない」 同室である少女の影響もあって、親しい関係であるセブルスに問う。 むすっとしたセブルスの表情には、どうにも心配や焦りといった感情が浮かんでいるようで、普段そういう顔は見せないから、思わず私の頬は緩んでしまった。目ざとく見とがめた彼の睨む視線を受けながら、私は集められている生徒たちを眺めた。ここには、私のようなマグル出身者や、ピーターのような体力に自信のない者たちが集まっていた。スリザリンがほとんどいないのは、魔法族の家系ばかりだから、小さいころから飛ぶことは日常の一部だったからなのだろう。 それを考えると、グリフィンドールにはマグル出身者もたくさんいて、人数的にはかなり不利だ。そうセブルスに告げる。けれど彼は、 「いや、スリザリンは、そんなに有利じゃない」 「どうして?」 「確かに人数は勝るが、親の七光ばかりだからな。本当の実力者は少数だろう。ただ、」 「ただ?」 「我らは“スリザリン”だ。どんな手を使うかは分かったものではないがな」 そんな。 思わず息をのんで、見慣れた金髪の姿を探す。だけど、その瞬間、 「だ、大丈夫、だよ!」 「ピーター・・・」 「大丈夫、だよっ」 そう言って、顔を赤くしながらそっと笑ったピーターを見て。 私は頷いて、見つけた金髪の後ろ姿を、そっと見つめた。 ←BACK**NEXT→ 090115 |