5.



・・・・・・・・・・・・・・・・・っっっっ!!!


 朝起きて寝癖も治らないままカバンの中身を漁っていたオレから、声にならない悲鳴が上がった。 時刻は午前5時半。まだまだ早いほうだ。
 リリーを起こさないよう、カバンの中身を漁り続ける。お願いします神様。お願い。ほんとにお願い。だけど、頭の奥に自分の部屋の机の上が描き出される。

 ひととおり漁ってから、オレは蒼白になった。




「リリー!一緒にご飯食べにいかない?」
「チェルカ!ええ、もちろん!・・・あ、はどうする?」
「ご、め、ん、リリー!オレは、いい、から、先に、行って!」
「・・・・・・本当に大丈夫?」
「だい、じょぶ!」


 ぐっと親指を突き上げてリリーに向ける。リリーは心配そうにしながらも、チェルカとかいう友人と行った。問題はオレだ。

 オレが何で困っているかというと。


・・・・・・・・・・・・・・教科書忘れた


 馬鹿だ。馬鹿すぎる。どうしようもなく馬鹿すぎるいやああああどうする!しかも魔法薬だ。先生は誰かと思えばスリザリンの寮監だ。そしてオレはグリフィンドール。そんでもって無闇に注目を受けまくっちゃっている。そしてもちろん、授業があるのは、今日。机の上の教科書に思いを馳せる。なんてことしちまった。


「この際、しょうがないよな・・・・・・・」


 オレは、誰もいないと分かっているけど、それでも周囲を見回して立ち上がった。


「怒られる・・・」


 泣きたい。でも行かなきゃしょうがない。
 神様。お願いです。家にだれもいませんように。


「―――――――≪move≫」





 どさ、と何かが落ちる音がした。目を開けると、父さんが床に座ったまま硬直しているのが見えた。なんでよりによって父さんが家にいるんだよ!!??頭を抱えたいけどそんな場合じゃない。


・・・・・・・・お前なあ!!!!
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいでもしょうがなかったんですほんと勘弁して下さいっていうかなんで父さんオレの部屋にいるんですか!
「お前が部屋で読みっぱなしにしてたオレの本が必要になったんだよしょーがねぇだろ!そうじゃねえよお前はなんでここにいるんだ!
「だってだって魔法薬の教科書忘れちゃったんだよ!」
「あほか!あんだけ言ったのにお前はもう破ったのか!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「≪mover≫の力は多用するなっつったろーが!何のために今まで教えてきた!」
「待って父さんホントごめんなさい!だからオレもう帰る!遅刻しちゃう朝食食べれない!」
「知るかこのドアホが!・・・・・・ああもう、仕方ねえ。もう戻れ」
「はい・・・」
「誰にも見られてねぇだろうな?」
「も、もちろん!」


 ジト目が迫る。泣きそうなまま、オレは父さんの目から逃げるようにして≪移動≫した。





 うわああああああああああん怖かったああああああああ!!!!


 寮に戻ってからオレは改めて地獄の底からやってきたような父さんの声を思い出して真っ青になった。やばい。完全にブチ切れてた。殺される。


「うっうっうっ・・・11歳で死にたくないよ・・・・・・・」


 本気で涙目になりながら、オレは慌てて大広間へ向かった。


 ―――そう。コレが、オレの能力。
 に代々伝わる、一子相伝の、ただひとつの奇抜な能力。


 それが、≪mover≫。
 意味はそのまま、≪移動者≫だ。
 防御魔法も呪いもなにもかも関係なしに、行ったことのある場所、知っている人のもとへならどこへでも行ける。要は、生まれながらに「姿現し・くらまし」ができるようなものだ。この力は、杖すら必要なしにどこにでも行ける。ただし、一人きりだ。誰かが自分につかまっていようが、なにかに縛り付けていようが関係ない。自分だけ、移動する。

 古くには、戦争や争いのなかでどうにかして逃げ延びるすべを、とした先祖が作ったらしい。しかし、代々つなげる超強力な血への魔法、しかも防御も何も聞かないというめちゃくちゃな反則技みたいな魔法だったから、何人もを移動させたり、その血を継ぐ全員には受け継ぐことができず、ほとんど運のような確率でその能力は受け継がれている。そして先代の≪mover≫が、オレの父。ウォルスだったのだ。


 兄のアオトが継いでいるだろうと言われたその力は、7歳年の離れた妹のオレが継いでいた。生後5か月だとかで二階の父さんの腕から一階の母さんの膝の上に移動したとか、そんなことは聞いたことあるけど正直どうでもいい。ただ、話を聞いた時は、なんて情けない先祖だろうと、気落ちしたのを覚えている。


 だって、仲間や友達を置いて、たったひとりだけ助かろうとする、そんな力なんていらなかった。



 でもこんな時代だし、この力は普通に便利だ。色々あって父さんや母さんには使うな、と言われているけど・・・。こっそり使っていたりするのは、言うまでもない。





 食堂について、ほとんどあらかたなくなった料理の皿に、再び泣きたくなった。













 ←BACK**NEXT→



090111