2.



 ・・・・・・・・・なんなんだろう、こいつは。 


 僕は、おそらく必要最小限のものしか入ってない小さなリュックを抱きしめて、目の前で幸せそうに寝っこける「変人」を呆れた眼差しで見つめた。すぴすぴと寝息を立てながら熟睡するその姿は、アホとしか言いようがない。どうせ、入学が楽しみで楽しみで、昨夜ろくに眠れなかったとかいうクチだろう。(その通りだったりする)

 しかし、そろそろホグワーツに到着のころだ。制服に着替えないとまずい。仕方なく腰を上げると、読んでいた本を閉じてそのまま金髪の頭を殴りつけた。


*


「いった―――――っっっ!!??」
「ようやくお目覚めか。いい御身分だな」
「ほぁ!え、なに?」
「もうすぐホグワーツだ。着換えろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・え」


 うわ!嘘だ!寝ちゃった!!
 くそおおおおおセブと一緒に列車内を回って友達を作りまくる計画が!オレの計算ずくされた完璧な計画が!そんなあ!!時間を返せ!寝るな!寝るなよ自分!!


「何が完璧な計画だ」
「げ。声に出てた?」
「全部な」


 そう言ってセブはさっさと自分の制服を引っ張り出す。オレはとにかく後悔が押し寄せてくるのを感じながらうわあああと喚き続ける。だってだって!勿体ないじゃん時間が!あー。


「いいからさっさと着換えろ」
「うー。」


 しぶしぶ承諾してオレは自分のトランクから制服を出した。そして上着を脱いだ・・・そのとき再びセブに本で思いっきり殴られた。今度こそ手加減がない。とてつもない一撃だった。


「なに!?なんなんだよ!お前実はSか!
ドアホが!女だろうが自覚しろ!ここで着替えるな!!トイレにでも行ってからにしろ!!」


 あ。

 顔を真っ赤にして怒鳴ったセブは、はーはーと肩で息をしている。それから無言でずびしっとドアを指さした。正論すぎて反論できないまま、オレはすごすごとトイレに向かう。うーん。別に見たって減りやしないのになー。そんな独り言にまたもや本が飛んできた。・・・あいつ、本を大事にする気ないだろ。

 トイレに向かうと、ちょうど着替えてきただろう女子生徒とはち合わせた。深みがかった赤毛の豊かで長い髪、くりっとした目の明るい緑の瞳。少し気が強そうに見えるが美少女だ。めちゃめちゃ可愛い。思わず見とれていると、不意ににこりと微笑まれた。


「使う?」
「あ、うん」
「・・・・・・」
「え、何?」
「あ、ごめんなさい。私、リリー・エバンズよ。今年入学なの」
「オレは。よろしく。同じく、今年から一年生」


 握手。


 うわ、やばい、かわいい!めっちゃかわいい!向こうも向こうで、なんだか嬉しそうにしてるし。やった!女の子の友達ゲット!


「引き止めてごめんなさい。そろそろ着替えた方がいいわ」
「あ、ううん、全然平気」


 けどお言葉に甘えて、ちょっと名残惜しくもその場を離れてトイレに入る。わーわー!やばいかわいいぞ!かわいいぞあの子!めっちゃいい子だ!!直感が告げる。いい子だあの子。えへへへー、友達になっちゃったー。・・・オレ変態かなあ。なんか真剣に落ち込んできた。


 いそいそと着替えて外に出ると、ちょうど列車が到着する音が聞こえた。慌ててセブのところへ飛び込むと、相変わらずの冷ややかな目がオレを迎える。けれど当初の時より暖かくなったような気がして妙に嬉しくなった。ふと見ると、オレの荷物がすでに外に出れるように、しっかりと準備してある。


「・・・セブが!?げ、ごめん!ありがと!」
「かまわん」


 呟くように言った言葉に、嬉しくなって思わず床を蹴って抱きついた。「放せバカもの!」とか慌てた声が聞こえたけど放さない。へっへっへ。放すもんか。かわいーな、素直じゃないなお前ー。


「んのっ、ドアホ!置いて行かれるぞ!」
「あ、それはヤだ」


 セブに続いて外にでる。「コッチだー、新入生ー」野太い声が聞こえる。カートをひっぱってがんばって進もうとするも、問題は人の波だ、波。ぎゃあああああああどっか行くうううううう!!!セブとの間にあっという間に人が流れて、すぐに彼は遠く離れてしまう。気づいたらしいセブが振り返ってオレを見つけて「げ。」みたいな引きつった表情を見せたのが分かる程度の距離だったけれど追いつけるわけではない。 焦ったら余計に進まなくなってしまった。


 どんっ。


「あ、ごめん・・・っ、と、わ!」
「わ!大丈夫!?」


 こんな混雑な中でこけたら大迷惑にもほどがあるだろー!!と、滑った瞬間に頭を駆け抜けたその思い。しかしそれは図らずも回避されることになった。脇の下にさっと腕を入れられ、体重を支えられる。オレがバランスをとれるようになったところで、その腕はすぐに離された。


「ごめん!ありがと!」
「ううん、気にしないで」
「お前が言うなよリーマス」
「シリウスーっ、リーマスーっ!先に行っててくれ、このままじゃ全員間に合わないーっ!」
「了解!」


 オレを支えてくれた長身の黒髪のこれまた美少年と、優しそうな鳶色の髪の少年。彼の顔も十分に整っている。後ろから聞こえた声に返事を返して、そのまま黒髪の少年は、こぼれたオレの荷物を拾って腕を引っ張った。


「ほら、お前も行くぞ」
「あ、うん」
「これだけ人が多いと一苦労だね。ジェームズ大丈夫かな」
「なんとかなるだろ」


 軽口を叩き合う少年たちに連れられ、というかありがたいことに助けられ、オレはようやく一年生の集団にまぎれこんだ。前の方にいる心配そうな顔をしたセブに手を振って合図をし、彼もようやく安堵した表情を浮かべて前を向いた。あーあ、初っ端から人様に心配をかけすぎだろーよオレ。


 どんぶらこと進んでいく船。ぎゃー!すげー!城だ城ー!!


 興奮しているのはオレだけじゃない。だってすごいよ!周りでも浮足立った声で囁き合われる。すでに寮分けの心配の声まで聞こえる。そのときになってやっと、両隣の二人にお礼もちゃんと言えてないことに気がついた。


「さっきはありがと、二人とも。助かった」
「ああ、気にすんな。ったくお前も男ならもーちょっとちゃんとしろよなー」
「・・・・・・え、シリウス・・・・・・・・・・?」


 鳶色の髪の少年から凍りついたような声がもれる。それに気づいてシリウスが不思議そうに首をかしげる。そうかなるほど、お前もセブと同じってわけか。ふつふつと怒りがわいた。しかし表情はそれと反比例してにっこりと笑みを浮かべる。


「オレは。正真正銘、生まれたときから、だ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・げ


 その黒い目がオレの足元を見た。もちろん制服だからスカートだ。そして表情が凍りつく。オレは笑顔のまま杖を取り出す。もちろん何も習ってないから魔法なんて使えない。だけど、


「杖って凶器にもなるよね?」


 そのまま殴りつけた。


 座ったままで船の上だからあまり大きく動くわけにもいかず、先の細い方をもって持ち手側の太いほうで力いっぱいみぞおちを突き上げた。ぐえ、とうめき声が聞こえてそのまま彼は昏倒する。鳶色の髪の少年の方は何事もなかったかのように優しく微笑んだ。


「僕はリーマス・ルーピン。ついでにソレはシリウス・ブラックだよ。よろしくね、


 握手を交わしながら思った。友人を「ソレ」扱いとは、優しげだがリーマス・ルーピン。侮れない。


 そんなことをしているうちに、船はホグワーツに到着した。










 ←BACK **NEXT→


090111