彼氏が出来たのよ。そう話しながら私は目の前で悠然と笑うクロロを見上げた。「年上よ」「そうか」「26歳」「オレと同い年?」「そうね」へぇ、と目を細める彼の表情はとても優しかった。かの有名な幻影旅団の団長として次々と惨殺死体を作り上げているときとはまるで対照的に。そんな事実を知っている彼の数少ない一般人の友人の1人である私は、気まぐれで傲慢で自分勝手な彼の訪問を常に待っていた。女たらしで有名なのに、どうしてか彼は私を訪ねてもなにもしなかった。ただそこにいるだけ。だから私もほとんどなにもしなかった。例えば、彼が来たら、つくる食事の量を2人分にするとか。なんとなく玄関のかぎを開けておくとか(彼の場合、閉まってても難なく入ってくるでしょうけれど)。そんなレベル。

 そんな風にしてたから。まるで大きな黒猫を飼っている様な気分だった。けれど彼はある時ぱたりと来なくなって。もともと不定期だったけれど、気配すらなくなってしまうくらいに、いきなり。ぱたり、と。――――それから、3年。


「・・・え・・・クロロ・・・?」
「久々だな、
「・・・・・・・・・そうね・・・」


 唐突に彼が姿を現したのは、ある寒い日の夜だった。きっと偶然、鍵をかけ忘れて。偶然、1人分多く料理を作ってしまって。そうしたら。


「元気にしてたか?」
「ええ・・・、クロロも、変わらないみたいね?」
「ああ」


 ずかずかと。3年間の空白なんて全く気にせず、彼は普通に私の部屋のなかを歩く。そしてあのころのように私の目の前で笑って、私の料理を食べて。そして、私の隣に座った。


「彼氏か。どんなヤツだ?」
「優しくて誠実な人よ。クロロと違ってしっかり社会人」
「よかったじゃないか。おめでとう」
「・・・・・・ええ、ありがとう」


 精一杯の嫌味ですらさらりと流されて。私の髪を撫でながら、彼は終始穏やかに笑う。戸惑いながら、私も精一杯に綺麗に笑った。



 ねえ。どうして私には、なにもしないの。



 怖くてずっと聞けなかった。手に触れる、髪を撫でる、抱きしめる。そう、いつもそこまで。きっと傍から見れば仲の良い恋人同士なのに、決してその境界線を越えない。どうして。私はあなたにとってなんなの。―――どうしてそんなに、優しく笑うの。

 彼氏ができたことを伝えて。別に、祝ってほしいわけでも、喜んでほしいわけでもなかった。ただ、少しだけでもクロロに動揺してほしかった。3年間の空白の意味は聞かないけれど、それでもまた訪ねてきてくれたから。私を見る目がそんなに優しいから。私はクロロにとって少しは価値のある存在だと思っていた、から。だけど、彼にとっては私はただの友人でしかなかったのだろう。電話が鳴る。携帯電話の画面に映る、付き合いだしたばかりの彼の名前。唇にほんの少し笑みを乗せて、通話ボタンを押した。だけど、私が欲しかったのは。本当に欲しかった、のは。





*




 今、オレの目の前で。オレではない男からの電話に出た彼女の声。3年前より伸びた髪。―――大切だった。自分を見上げて優しく笑う、その表情が愛しかった。だけれどあまりに大切すぎて、壊してしまうのが怖くて、他の女のように扱うことなどできなかった。ああ、こんな感情、抱いたことすらもなかったのに。何故だろうか、オレではない男のもとに彼女は行ってしまうのに、嫉妬心よりも幸せになってほしいという気持ちのほうが強いのだ。そう、自分のもとではが望む普通の幸せは得られないだろう。それを知っているからかもしれない、ただ、オレは。

 の幸せそうな笑顔が見られるなら。それでよかったのだ。

 彼女が電話を切って振り向く前に、オレはいつもの笑みを作った。は知らないだろう、きっと分からないだろう。それでいいのだ。きっとこの感情を愛と呼ぶことも、ほんとうはその目に映るなにもかもさえ奪ってしまいたいと思っていることも、君を攫って奪ってオレだけしか見ないようにしてしまおう、だなんて、思っていることも。知らなくてよい。なにもしらないままでいい。そうしたら、君の幸せを願うオレのままでいられるだろうから。













平行線の視界を踊る


(ただきみの幸せを願う、僕のままで居させてください)
(ああ、そのつもりだった、のに)










091231