0.翠の風と始まる運命



 大きく開けた天窓の下、そよそよと夏の風を身に受けながら、じっとただひたすら「何か」を待つ子供がいた。昨日も同じ場所で待っていたらしく、その顔にはすでにうんざりした表情が浮かんでいる。だがしかし、窓の外で大きく羽ばたく待ち望んだその「音」を聞くと、ぱぁっと顔を綻ばせた。


「母さん母さん!ホラ、来たよ!“ホグワーツ入学許可証”!」


 ばたばたと荒い足音を立てて駆け込んできた子供の顔に満面の笑みが浮かんでいるのを見て、その母親もふわりと柔らかな笑みを浮かべる。


「昨日からずっと天井裏で待ってたかいがあったわね」
「ん。これでアオト兄に追いつけるね」
「よかったわね。それじゃあ、お父さんとお兄ちゃんに連絡しなくちゃね。今日は帰ってくると思うわよ」


 その瞬間、子供の顔が一気に陰る。慌てて母親は子供の目の前にしゃがみこむと、子供と目線を合わせた。


「どうしたの?」
「・・・・・・やっぱり、ホグワーツ行かない」
「・・・、どうして?」
「だって、母さん・・・・・・」

「さみしいでしょう?」


 思いもしなかった言葉が子供の口からこぼれて、母親は呆気にとられて目を点にした。ここのところ、父親も兄も仕事で帰ってこない日が続いているのを気にしているらしい。そして自分が学校に行けば、母が家で一人になる、と思ったらしい。ふと口元に笑みを浮かべ、母親は子供に優しく言った。


「大丈夫よ。が学校に行ったら、私も仕事を始めようと思ってるの。だから、心配しないで、あなたは学校で楽しい思い出をたくさん作りなさい」
「・・・・・・母さんが、仕事するの?」
「そのつもりよ。・・・あら」
「「ただいま――――っ!!!」」


 元気の良い、二人の声が玄関から聞こえてくる。目を丸くした子供の頭を撫でて、母親は玄関に向かった。


「おかえり」
「お、ただいま」
「ただいま。母さん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ウォルス、ちょっと待って。あなたまた女に手ェ出したのねっ!」
「ええええええコレは不可抗力不可効力だってちょ、おま待て待て落ち着け千鳥ぎゃ―――――――ッッッ!!
ー?なに?どうしたのお前。・・・あ、許可証!来たのか!そっかそんな時期か!」
「ンのアオト!おまえそれでもオレの息子か!千鳥に説明しろ!説明してくれ!説明してくれって―――――!


 悲鳴を上げる父親を爽やかに無視して、兄・アオトは妹の持つ入学許可証を見て、懐かしそうに顔をほころばせた。そのあと、にぃっと真っ黒い笑みを浮かべる。


「まぁ、。ホグワーツはほんとに楽しいから、めちゃくちゃに楽しんできな。というか普通じゃつまんねぇからお前がめちゃくちゃにしてやれ。それに・・・・・・・ふ、これは行けば分かるからいいだろ」
「・・・何それ?」
「行けば分かるって。さて、そろそろ父さん助けてやんねぇと・・・母さん、そのキスマーク、ただの呪いだから気にすんなよ」


 爽やかに真黒な完璧に輝く笑顔で両親を振り向いた兄・アオトを見上げて、これが「ホグワーツ首席卒業生」の姿か、とは真剣に考えた。













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090107