どこまでも深い青に惹かれ続ける私はやっぱりいつかこの海に囚われてしまうのかもしれない。



「悪魔の実を食ったら海に嫌われるんだよ」


 そんなこと知ってるよ、私だって能力者なんだよ、アンタなんかよりずっとずっとこの船に乗ってるんだからね、ナメないでよ新人のくせに。ならさぁ、と黒髪のそばかすの青年はにやりと意地悪そうに笑った。私はこのひとがどうしても苦手だった。


「なんでそんなに物欲しそうに海を眺めてんだ」


 うみ、は。そう、どこまでも深くて碧くて。手を伸ばせばそりゃあ届くのだけれど、この体ではそのまま深く深くに沈んでしまうのだろう。あの実を口にしたあの日から、私はきっと嫌われた海に焦がれ惹かれ続けている。エース(という名前だったはずだ)はそんな私の考えてることなんてすぐに見抜いてしまったらしくて。知りあったあの日からずっと。私が答えるはずもない問いを続けている。


「エース、は、惹かれないの」
「ん?ん――――・・・」


 私は笑うのが苦手だ。最初は親父の命を狙ってきたはずなのに、結局は打ち解けて、しかもすぐにみんなの真ん中できらきらと笑うこの人のことも苦手だった。わからなかった。


「そ、だな」


 言葉を切った彼は私から視線を外して船から遠く水平線の向こうに目を向けた。なにが見えてるのだろう。なにを考えているのだろう。私が想像してもどうしようもないことが脳裏を駆け抜けていく。つられて私も、海の向こうへと視線をやった瞬間、


「え、や・・・ッ!?」
「なんちゃって?」


 どん!と勢いよく私の背中をなにかが押した。奇声を発したのど、空中に飛び出した体。落ちるスレスレのところを逞しい腕が私の手首を掴んでいた。面倒くさいと引っ掛けていただけのサンダルが落ちて、宙ぶらりんになった裸の足が海に触れる。思っていたより冷たかった。


「なに、するの・・・!?」
「怒るなよ、助けてんだから」
「アンタのせいでしょう!?」


 屈託なく笑う彼は本当に悪気が無いようで、怒るというよりは驚いて駆けだしたままの心臓はだんだんとおさまってきていた。逆光で顔が見えない、けれどからからとした笑い声だけが降ってくる。後ろを振り返ると落としたサンダルがくるくると回りながら沈んでいった。こぽりと見えなくなったそれに自分が重なる。


「・・・・・・うえ、に・・・あげて」
「了解」


 軽々と私を片腕だけで甲板の上へと戻したエースは、私の足が地についたのを確認するとそのままなにもなかったように踵を返す。一瞬、呆然とそのまま見送りそうになって、はたと慌てて腕を捕えた。


「ん?」
「・・・・・・サンダル弁償して」


 げ。と口だけがそう動いた。本当は、そんなことがいいたかったんじゃなくて、眩しくて、くらりとして、ほんの少しドキドキしただなんて、海の上に吊られたってことだけじゃなくてくらくらして碧い海よりずっとその鮮やかな笑顔に惹かれただなんて、言えるわけなかった。








 眩


 ん


 だ

  、


(そんな気がした)








110509