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  雨は止まなかった。昨日の夜中ごろから降っていた雨は、今朝もまだ止まなくて、窓に冷たい滴を張り付けていた。気温がぐっと下がったような気がする。まだまだ温かい布団の中に潜っていたかったけれど、時間はもう起床時刻を告げていた。仕方なく起き上がる。寝起きのいいのがこういう時ばかりはなんだか切ない。そう仕込まれただけなのだけれど。


「おはよ」
「あ、おはよ!ミオト!」


 元気なゴンの声があがる。キルアにクラピカはまだ来ていない。レオリオはソファであくびをしながらあたしに向かって手を挙げた。それが彼にとっての朝の挨拶。あたしも手を挙げて返す。見ているかどうかは微妙なところだが。


「キルアはまだ起きないよ。さっき起こしてきたんだけど、だめだった。クラピカもまだ寝てるよ」
「また、クラピカは。・・・・・・・あー、」


 そういや昨日も遅くまで電気がついてたっけ。どうせまた本でも読んでいたんだろう、なんだかこうして5人で行動するようになってクラピカはそういう行動が増えてきた。気が緩んでるのかな。ぼんやりと考える。気を抜けるように、そんな風に安心できているのかもしれない。前ならこの中で一番に起きて全部用意とか何もかもすべて済ませて神経質になっていたのに、変わった。他の仲間たちとの仕事の経験で、この5人の つながりがどんなに貴重な関係なのか気付いたのかもしれない。どちらにしろそれは喜ばしいことなのかもしれなかった。

 しかし、寝坊を見過ごすかどうかとなるとそれはまた別だった。ゴンはその持前の優しい性格から、昨日彼が遅くまで起きていたことを知っていてあえて起こさなかったのだろうと思う。起こしに行っても下手したら返り討ちにあうキルアとは違って、クラピカは起こしたら普通にちゃんと起きる。毎回少しバツの悪そうな表情は見せるけれど、布団にしがみつくようなまねはいくらなんでもやらない。そこはやはりクラピカであると思う。


「じゃ、起こしに行ってくるよ。クラピカも、キルアも」
「え、いいの、ミオト」
「平気平気。それにレオリオなんかキルア起こしにいったら返り討ちにあって死にそうだし。そのかわりゴン。美味しい朝食よろしくー」
「うん!」


 てめぇなんか失礼なこと言っただろぉ、と眠そうなレオリオの声が背中に投げられたけど無視して、あたしはそのままクラピカの部屋に向かった。少し前まではあたしを起こしにくることだってあったのに。立場の逆転に笑みが浮かぶ。


「入るよ?」
「・・・・・・・」


 部屋に入る前に一応かけた声に返事は帰ってこない。予想通りだから別に何を思うわけでなく、遠慮なく音を殺さず入る。ベッドの上で小さく身じろぎしたのがわかった。でもまだ目は覚まさないらしい。布団にもぐりこんだまま小さく寝息が聞こえる。ベッドサイドの小さなテーブルの上に乗った3冊の本を見て思わず呆れた。寝る前に3冊も読むなよ。

 そっとベッドのふちに座ると、無防備に眠るその横顔が見れた。こんなに隙がありまくる彼を見ることができるのは本当に幸せなことなのかもしれない。ずっと気を張り詰めたままでいつその糸が切れてしまってもおかしくなかったあの頃、そばにいることだけでも痛かった。

 あたしと違ってさらさらの金髪がシーツの上に広がっている。寝顔まで絵になるなんて、こいつはどこまで美に愛されているんだろうか。


「こら」
「・・・・う。」


 ぱちん、と大して力も入れずに頬を叩いた。ただ触っただけにも近い。それでも目を覚ますには十分だったのか、彼は端正な顔を小さく歪めて、うっすらと目を開けた。まだ頭の中には靄があるらしく、焦点は定まらない。面白くなってそのまま観察していると、数秒後、ようやくなにが起きているかがわかったらしくいきなり表情がしっかりとしたものになった。それから途端にまたやったか、というような顔をして半身を起こす。


「・・・・すまない。また寝坊か?」
「ご名答。ゴンが困ってたよ、起こしていいのかなぁ、だって」
「・・・・・・・あとで謝っておく」
「それは別にもういいと思うよ。それより、反省するんだったら寝る前の読書量をもちょっと自重しろ」


 読書をやめろなんていうのはもう無駄だと分かっていたから(あたしだって本好きなので読書をやめろというのはものすごく酷な宣告だと知っている)、それだけを注意する。それでも不満そうな声が返ってくることは予想済みだ。


「しかし、この国を離れてしまうのはいつだかわからないだろう」
「あのなぁ」
「それまでには少なくともこの量だけは読んでおきたいのだよ」
「んなこと言ったってクラピカの体が持たないでしょうが。ここ最近毎日寝坊してるのは分かってんの?」
「・・・・・・・・善処する」


 どうせそんな事だろうと思った。もうかくなる上はこれ以上こいつが図書館に行って本を借りに行くのを阻止しようか。そうもくろんでいると、不意に片手を取られた。


「・・・冷たいな」
「・・・・・・ん?ああ、外が雨だから」
「さっき目が覚めたのはこの手が冷たかったからだ」
「いや、そりゃ寝てたクラピカよりは冷たい、とは、思う、・・・・けど」


 いきなりぎゅう、と抱きしめられた。突然のことに息が詰まる、頭が混乱する。なにまだこいつ寝ぼけてるだろ大丈夫か、そんな考えだけがぐるぐると回る。


「冷たい。大丈夫か、ミオト」
「平気です。だから放せ」


 嫌だ、と子供っぽい拒否。クラピカの体温は当然だけれど暖かくて、正直にいうと心地よかった。少しだけ緩んだ力にほっとして、体を離そうと腕に力を入れて顔をあげるとそのまま唇をふさがれた。長いキスの後、何度めかの同じ言葉が告げられる。


「・・・唇まで冷たい」
「あほか。・・・そろそろいい加減に起きろ。ゴンが待ってる」
「・・・・・・・ああ」


 ようやくクラピカは布団の中から出た。予想以上にかかった時間を思って嘆息する。そういえばそらされた本のことについてを思い出した。さっきのキスはそれを見越してか。やられた。不穏な気配を感じたのか、ドアを開けようとしていたクラピカが振り向く。


「どうした・・・ッ、ん」


 振り向いたその唇に自分のを触れる。一瞬驚いた表情が見れた。先ほどのとは違ってすぐに唇を離して、すこしだけ笑った。クラピカはまだ呆然とあたしを見る。当然だ。あたしからキスしたことなど今まで一度だってない。


「今ので、・・・寝坊は大目に見てやるから」
「・・・感謝する」


 本のことは目をつぶってあげる。そのかわり、もう少し自分の体を顧みる読み方をして。あの3人には、あたしが本を許可したこともキスのことも、絶対に秘密だからね?そう言って見上げると、彼はふと目を見張って、でもすぐに嬉しそうに笑った。ああ、だからあたしは甘いんだ。どうしてもこの笑顔には弱い。


「・・・・・・・ああ。もちろんだ」


 少しだけ頬が熱いのは、唇もほんの少し熱を持っているのは、きっとクラピカの体温が移っただけだ。そう思いつつ、こんな状態じゃキルアを起こしに行っても殺されるだけかも知れない、そんなことをうっすらと考えた。


(幸せそうに笑ってくれるならそれでいいと思ってしまう)










081121



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