かつん、といやに大きく靴の音が響いた。滴り落ちる血のにおいが鼻を突く。メンチさんに見立てて貰ったドレスが汚れてしまった。残念なのと、あとで怒られるだろうなぁと思ってため息が漏れた。 部屋全てが真っ赤に染まっていた。久々の護衛の仕事は散々だった。護衛?ばかばかしい。こんなのただの殺戮ゲームだ。館の主が提案したらしいこの酔狂なゲームは、すでに何十人もの人間の命を奪い去っていた。まさかこんなものに巻き込まれるなんて思ってもいなかった。ハンター協会からの珍しい依頼に首をかしげたりはしたが、案の定体のいい生贄を捧げようとしただけではないか。自分は協会の貢献度は、高く無い。それでいて能力の高い者を選んだのだろう。館の主は相当な財閥の一人だ。仕方が無いかも知れないが。協会の思考を読み切れなかった自分が情けなかった。しかしなってしまったものは仕方が無い。 ああもう。後ろから放たれたナイフを叩き落して、は緩慢な動作で振り返る。続け様に放たれたナイフを今度は受け止めて、ドアのほうを睨みつけた。もういい加減帰りたかったのに。だけど売られたケンカは容赦なく買わせてもらう。 「へぇ。怖いねぇ。これやったの全部君?」 「別に。あたしだけって訳じゃないけど」 ふぅん、と微笑む男を一瞥して、はナイフを放り捨てた。言ったことも事実だ。何も、一方的に自身がこの惨状を作り上げたわけではない。確かに、この場に最終的に生き残っているのはだったが、最初に襲われたのも彼女だ。倒した一人目を思う。白髪の初老の男性だった。放出系だったか、始まったばかりのゲームに、状況判断がままならない状態だったを壁に叩きつけた。あっさり死んでしまったけれど。次に襲い掛かってきたのは妙齢の美しい女性だった。真っ赤な、深いスリットの入ったドレスで、フランス人形を操っていた。その光景は余りにも不気味で少しだけ怯んだが、僅かに反撃しただけで壊れてしまった。 三人目は手強かった。幻影旅団の団長を思わす雰囲気にどきりとしたが、別人だった。しかしまとう強さは本物で、も多少怪我を負った。しかし奥の手を出すほどでもなかった。次の相手は、まだ若い青年で、具現化系だった。短めの金髪で、瞳の色は碧だった。「彼」に似ていて躊躇したこともあったけれど、それを除いても彼は強かった。おそらくここであった中で最も。それだけ殺すことが勿体無かったから、戦闘しながら話をしてみると、彼もハンターだと分かった。そして何がなんだか分からないままこのゲームに参加していたと。それならとは同盟を組まないかと誘い、相手は乗った。そして隣の部屋に入りそこにいた相手と戦い、2人で勝った。しかし彼はが先に階段を下りだしたところで襲い掛かった。だからは殺した。それだけだ。 この状態をたった一人でやったとおもわれるのがたまらなく不愉快だった。荒々しく肩に残っていた袖を破り捨てる。すると目の前の男は可笑しそうに笑った。たまらなく不愉快だった。ぽぅ、と差し出した手のひらの上に赤い炎が浮かぶ。の見事な青銅色の髪と冷たい表情と対照的に目立つそれに、男は興味深げに目を瞠った。一向にそれを気にすることも無く、はそのまま威嚇するように炎を大きな輪の形にする。 「変化系かい?面白いね」 「褒めてくださってどうもありがとう」 口元だけで笑って、は炎の勢いを更に強くした。すると突然、男はの目の前に飛び出す。咄嗟に地面を蹴りながら、彼女は男の顔面に炎ごと拳を叩き込んだ。その瞬間、叩き落したナイフや放り捨てたナイフが勢いよくに飛んでくる。空中で態勢を整えながら再び叩き落したが、取り損ねた一本が細い腕に突き刺さった。大きな衣装箪笥の上に軽やかに着地して、刺さったナイフを思い切り引き抜いた。服を引き裂いて素早く傷に当てる。出血量は多いが大した傷ではない。そうしたあと、さらに何本ものナイフを取り出して構える男の姿を視線に捕らえた。 「そっちは操作系?」 「そうだよ。僕はナイフを操るんだ」 「あまり何本も投げると、投げたいときに無くなって困るんじゃない?」 「心配してくれてありがとう。でもね、僕にはまだまだこんなにあるんだ」 その言葉と共に、男は着ているフォーマルなスーツ(それも既に血で染まっていた)の前をばっと開いた。じゃらり、と金属的な音と共に何百本ものナイフが揺れた。 「……そんなに重かったら動きづらくない?あんた、アーミーマニア?」 「鍛えている体には大した重さでもないよ。ふふふ、ご名答」 そう軽口を叩きながらもの思考は目まぐるしく進んだ。さっきナイフを何本も投げつけてきたのはその所為か。こいつの能力が操作系ならさっきのも理由がつく。さっきのナイフにも隠がされていたのだろう。いくらなんでも馬鹿正直に飛んでくるだけなら不意打ちだって防げる。そして今、この部屋にはさっき落としたナイフも含め、何十本ものナイフが落とされている。下手に動けば、いっせいにナイフが襲い掛かってくるのは言うまでも無かった。 は、ポケットの中で手を握り締めた。 ====*====*==== ふぅ、と息をついて、浅く刺さったナイフを振り落とした。中にはぐさりと深くまで刺さっているものもあったが、それは乱暴に引き抜いた。大して強い相手でもなかったが、一番傷をつけられた。そう思いつつ布の切れ端で傷を結ぶ。ふと思いついて男の死体から物色し、何本かナイフを頂いておいた。ベンズナイフ。本物のアーミーマニアに違いなかった。こんなものまで持っているなんて。少し感嘆しながら、更に探る。そして財布を発見した。盗むほどの量は入っていなかった。ケチ。 さてと。逃げるか。 いつまでもこんな殺戮ゲームに付き合っている気は全く無かった。この館のセキュリティは物凄いが、突破できないというほどでもない。そうしていそいそと窓をよじ登り、ふと思って円を行う。館全体を囲んでみると、能力者の姿が7,8人ほど残っていた。へぇ生き残りかぁとあまり気にしない。襲われる可能性も多分にあるが、気配はここからかなり遠い。この館はやたらと無駄にでかく、一周するだけでも30分以上かかる。それに気配のうち2,3人ほどは戦闘中だった。こんなはずれにいる自分など気にしている余裕が無いだろう。 そう結論づけて彼女はひらりと窓から外に出た。地面に降りようか、と考えてから屋根に上った。とりあえずセキュリティを解除させていただこうと、電波を発している屋根の上にある管理棟に向かう。こんなゲームを企画しやがった、人生に退屈しているだろう館の主を、一発殴ってやろうかと思案しながら。 080114 戦闘シーンが書きたかったんです。しかも途中で飽きました。スイマセン。 |