「―――ねぇシャル」
「なに、?」
「殴ってい?」
「だめ」


 先ほどから約2時間ほど、同じような問答が続いている。






 はぁ、とあたしはふかふかの高級そうなソファに体をうずめた。見事な革の造り、なかなかのデザイン。買ったのか盗ってきたのか定かではないけれど、そんなことはどうでもよかった。このソファの正当な持ち主が誰かなんて知ったところでどうしようもないし、興味もない。同じく出所の怪しいガラスのテーブルに置かれたサラミとチーズと――いわゆる「おつまみ」。そしてあたしの手には、茶褐色の液体が入ったグラスが。・・・なんでこんなことになっているんだか。


「久しぶりにこんなのもいいだろ?」
「――――――あたし、一応未成年なんだけど」
「なに言ってんの、いつも飲んでるだろ?」


 だめか。予想はしていたけれどこうものれんに腕押しだと切ない。仕方ない、今晩家に帰るのは諦めよう。腹をくくってグラスに口をつけた。香りが口に広がる。かなり上等な酒のようだ。贅沢な。


「いい暮らししてるね。いつも思うけど」
「まあね。いい酒だろ?今日の獲物だったんだ」
「うん。いい味」


 と飲むって分かってたら、もう2、3本盗ってきたんだけどなぁ。少し残念そうに笑うシャルは、ひょいとチーズを一切れ口の中に放り込んだ。

 今晩の食事を物色しに夜の繁華街を歩いていたら、ばったり偶然会ってしまったのがかの幻影旅団団員、シャルナーク。嬉しそうに手を取るから、断りきれずに結局ずるずるとご自宅まで来てしまった。自宅とは言え、仮住まいだろうし本当の「ホーム」にだなんて行けないだろうけど。とにかくあたしは、シャルの細いくせに力のある腕で引っ張られ――ここにいる。・・・食事がおごってもらえるということにつられてしまったわけではない。決して。で、ご飯は美味しかった。うん美味しかった。これも盗品だけど味に異常はない。非常に美味でした。

 けど、現在夜中の1時半。一緒に食事をしたのが10時半。こんなに夜酒につき合う気はなかったのに、あたしはまたずるずるとつられつられて。というのも、シャルが話し上手でもてなし上手で退屈しない、そんな人だから。これが一つの理由だ。

 もう一つは・・・、なんだか帰りたくなく、て。一人になりたくないとかそういう可愛い理由はない。ただ、なんとなく嫌な予感がして。根拠のないほんとうに小さな理由だけれど、妙に信憑性のある自分の勘に、ちょっと気分も悪かった。


「今日はさ、朝まで飲んじゃわない?」
「えー。明日はなー」
「仕事終わったって聞いたよ」
「・・・さすがによく調べてんね。そ、だから明日は久々のフリー。依頼が入れば別だけど。だからこそやりたいこともあるんだよね」
「まぁ朝までくらい付き合ってよ。変なコトしないからさ」


 ね?と言って笑みを浮かべるシャルに、つられて思わず口元に笑みが浮かんだ。こんな時間に男の部屋で二人きり。十分何が起きてもおかしくはない状況だけれど、シャルに関してはそういう点は信用していいと思っている。気づけばあたしはその提案に承諾していた。それから数時間後の、酔いつぶれて寝こける自分を想像しながら。



*



 完全に熟睡しているの細い肢体を抱き上げ、シャルナークは彼女をベッドへと運ぶ。丸い肩や細い腰――女だということを意識する。紅く染まった頬と、熱を帯びた唇。閉じられた潤んだ瞳。・・・オレだって男なんだけど。欲情くらい、するよ?無防備なその姿に苦笑が浮かぶ。そりゃあ信頼されてるんだろうけど、と半分諦めの混じった表情で彼は、ベッドに横たえた少女の髪を手のひらで遊ばせた。すぅ、と安心しきった顔で寝息をたてる。その姿に、ほんの少し悪戯心が頭をもたげたけれど、シャルナークはそっとの額に唇を落としただけでベッドから腰を上げた。


「渡さないよ。・・・団長」


 振り返ると夜の街のネオンが光る。夜空よりも遥かに明るい光が暗闇を縫う。そこに眠るが映る。その窓に映った姿にそっと触れて、彼はつぶやいた。


 自分のものでないなら奪う。自分のものにしてみせる。


 マンションの彼女の部屋の前で、ワインを片手にストーカーさながらに待ち続ける幻影旅団団長を連想する。今日は、オレの勝ち。


 そんなことを露とも知らずに眠り続ける青い髪の少女を、短い時間でも独占していることに優越感を抱いて、シャルナークはそのまま振り返らずに寝室を後にした。


「これ以上いたら・・・我慢できなくなっちゃうしね」


 そして彼は、テーブルの上の酒も皿もそのままに、ソファに身を投げた。














(傾きかけた純情)
(その笑顔も、声も、視線も、想いも)
(全部オレが、奪ってみせる)

 






090204