知っていたわ。全部。ぜんぶ。 「クラピカ。お茶入れたよ」 「ありがとう。そこに置いてくれ」 痩せて精悍になった表情。ここに来たばかりのころはまるで女の子の様だったのにと私はほんの少し昔に思いを馳せた。たった数か月前、ボスの新しい護衛としてきた彼は、華奢な肩に何だかとても重いものを乗せているような雰囲気をしていた。あれから日がたって、護衛のメンバーが変わり、新たなリーダーとして彼が配属され―――表情は軽くなるどころかどんどん暗くなるばかり。今や、あの時の面影はほとんどない。 夜色をしたブラックコーヒーは、口をつけられることなく見る見るうちに冷めていく。資料から顔を上げることもなくひたすらに作業を続けるクラピカの表情は暗い。碧いはずの瞳はそれこそ夜のように漆黒で、もったいないなあと私は他人事ながら考えるのだった。綺麗な金色の髪は絹糸のようにさらさらで、とてもよく似合っていたのに。 「―――、いつまでそこにいるんだ」 「さあ?」 「君にも仕事があるだろう、ボスの護衛に戻るんだ」 「生憎だけど、リーダーの命令でも聞けないわ」 ちらりと私を見るクラピカはすぐに視線を戻した。くすりと口の端に笑みを浮かべて、放り投げてある資料の一つを開く。気の遠くなりそうなほど膨大な仕事の山に、いつから埋もれ続けているのだろう。 小さな溜息が聞こえて、“勝手にしろ”みたいな空気に、望み通り勝手にさせてもらうとばかりに私は机正面のソファに体を沈めた。 「・・・・・・クラピカ」 伏せる睫毛。ねぇ何を見ているの?何を求めているの? 口の中で呟いても彼は何も反応を返さない。カチ、カチと規則的な、無感情な機械音だけが鳴り響く部屋で。ここにいるのに、ここにはいない。 知ってたよ、そんなこと。貴方が来た最初から。 今更なにを悲しんでいるのだろう、分かりきっていたことなのに。 誰が、どんなに彼を呼んでも、ここにはいないことなんか。 「・・・・・・?」 気づいたクラピカが顔を上げて眉をひそめた。数回驚いたように瞬きを繰り返した後、慌てたようにして腰を上げる。そろそろと何か壊れ物でも扱うような触れ方で、細い指が頬に触れた。 「どうした」 「なんでも、ない」 後から後から零れる涙を拭われて、そのまま抱きすくめられる。だけど、だけどこの腕も、手も、足も、指も、声も、瞳さえも、全部、ぜんぶ、私じゃなくて。私のものなんかじゃなくて。見ているものは求めているものは。彼の心を丸ごと独り占めしているのは、私じゃなくて。―――――縛り付けているのは、あの。 いっそ貴方の腕の中で 死んでしまえば 私だけのものに なってくれますか? 120923 |