自動再生プログラムが組み込まれたピアノが音楽を奏でている。まるで透明人間が軽快なリズムに合わせて、その指が鍵盤の上を滑っているようだった。白と黒の盤が浮き沈み、見事な音楽を形作っている。曲は異国のものだろう。名は分からない。神聖な雰囲気、どこまでも遠く響いていく神々の歌のような曲。この、白壁とガラスを基盤とした空間にぴったりとはまっていた。 ピアノの上には大輪の花がいくつかと小花、植物も飾られていたが、センス良く配置されているので真っ黒なピアノに花の赤が良く映えた。 この独特の雰囲気が好きで何度も足を運び、この小さな喫茶店のオーナーとも顔なじみになった。しばらく好きな本やコーヒーなどについて語り合い、見事に一致する趣味に感動し、がっちりと親睦を深めたのだが、それは別の話だ。あたしの趣味というのはこう、なんというか、かなり捻くれて曲がりに曲がり、普通の趣味の人間には全く持って理解できない代物だったから、嬉しかったのは事実。なんせ、仲間達からは「普通理解できない、むしろ理解したいとも思わない」この言葉はキルアの台詞だが――、そうお墨付きを貰っているのも事実だ。あの優しいゴンまでがフォローしてくれなかった。ちょっと寂しかった。 それはともかくここのオーナーとは奇跡的に趣味があった。もちろんオーナーのほうも同じような心境だったらしく、余りの感動でその日は店を休み一緒に祝杯を挙げたくらいだ。しかし最近は仕事に追われて全くもって通えていなかったのが現状だった。いい加減にオーナー、あたしのこと忘れちゃったんじゃないだろうかな。そう危惧するくらいに最後に行った日は遠い遠い昔。何年前だったかな。頭の隅でそう考えて少し寂しくなった。念願のハンターになれたことはすごく嬉しいけれど、自由な時間はすごく減った。そろそろなんでも屋さんみたいなハンターやめてちゃんとしたブラックリストハンターとして活動していきたいんだけれど、まぁ、もうちょっとお金がたまるまでの辛抱。お抱えハンターは別に好きでやってるわけじゃあない。それはクラピカも同じなんだけれど。でもあたしは今抱えてる仕事さえ終われば目標金額の80パーセントに達するワケだしもうやめる気満々だ。なんか今回チョロいし。今日店に行くのは、その報告も兼ねて。 「お久!オーナー、元気ぃ?」 「おやさん!!随分久し振りじゃあないか」 「。久し振りだな」 あたしはドアをあけてそのまま硬直した。それから、正常な思考回路が戻ってきてから一歩下がるとドアを閉めた。深呼吸。今度はゆっくりと開ける。見慣れた店内を予想しながら。 「オーナー・・・お久し・・・、っぎゃ―――!!!」 「人の顔を見て悲鳴を上げるのは失礼に当たるぞ」 目の前にいたその人物と目が合うが否や、あたしは知らずのうちに絶叫し反射的に扉を閉めにかかった。だけれど瞬時に扉を強い力で阻まれ、嫌でもそいつと向き合う形となる。 「変わらないな、」 「・・・・・・・・・・クロロ。なんで、ここに」 白いバンダナで額の十字架を隠したかの幻影旅団団長は、あたしの目の前で優雅に微笑んで見せた。ことあるごとになぜかあたしの前に姿を現すこの男は毎回毎回、神出鬼没もいいところだ。呆然とするあたしを尻目に、無理やり腕を掴まれ店内に連れ込まれる。そうして、更にオーナーの言葉があたしをとことんまで落ち込ませた。 「さんの知り合いだそうじゃあないか!いやあ、この御仁も実に良い趣味をしてらしてねぇ」 「オーナー!別に知り合いじゃなッ」 「とは長い付き合いでね。いや、全くオーナーには敵いませんよ」 「いやいや。ほらさん!お近づきのしるしにって貴女の読みたがっていた本を提供してくださったんですよ。更に一品ものの熟成ワインもね」 「・・・・・・・・・・・オーナー・・・・・・・・・・」 完全にほだされてしまったらしいオーナーは、うっとりと件の熟成ワインを眺めている。確かにあたしの目から見ても超一流モノであるだろうことは分かった。確かに、あたしだって憧れて憧れて憧れて仕方なかった伝説のワインなんだけれどそうなんだけれど、おそらくまたどっかの貴族から盗んできたんだろうが。少々恨みのこもった目でクロロを睨みつける。 「趣味?合うわけがないと思うけど?」 「いや合うんだ。何を隠そう、この店を知ったのはなにも、の行き着けだと知っていたわけじゃない。ただこの店の雰囲気につられたところ、オーナーと意気投合し、それでお前が常連だと知ったんだ」 「はぁ?そんな阿呆な」 「これでも信じないのか?」 そういって目の前に差し出されたのはあたしが読みたくて読みたくてたまらなくって、それなのにもう絶版で、見つかる可能性がほとんどゼロに近かった本。端のほうが少し黄ばんだそれを見て、あたしの目が輝いたのが自分でもはっきりと分かった。 「――――“フォルクスシェスパニー 紅の夢”・・・・・・・ッ!!」 「ああちなみに俺はこのシリーズ全て読破しているぞ」 「なぁ―――――――ッッ!!??」 「望んだものは絶対に手に入れる。それが盗賊だ」 「・・・・・・・・・・・・!!!!!!」 自然と手が伸びる。かわされる。伸びる。超光速の攻防が繰り広げられる(たかが本ごときで、というかもしれないがあたしにとってはそう例えるならば目の前に眩く輝く大粒のダイヤモンドが差し出されたのと同じような価値なのだ)。店長が感心したように目を見張るが、そんなの気にしていられない。 「読ませてよ!」 「簡単にはやると思うか?」 「あたしのために持ってきたんじゃなかったっけ!?・・・・・・ていうかなんで今日あたしが来ること知ってたんだよ!?」 「ふっ・・・・・・・運命だ」 その瞬間にあたしの右ストレートが綺麗にクロロの左頬に決まった。ばきぃ、と嫌な音がする。緩んだ手から本を奪い取って店の端まで飛び退って本を抱きしめる。 「やっと会えたねフォルクスシェスパニー・・・!!この日をどんなに待ち望んだか・・・!!」 「・・・お前、本気で殴ったな・・・」 「もう離さないよフォルクスシェスパニー、ずっと一緒だ・・・・・・っ!!!」 「こっちへ来い、」 「愛しているよフォルクスシェスパニー!!」 「・・・・・・・・・、来い」 「愛して・・・ッ、ぎゃう!?」 愛しい本をぎゅうと抱きしめて離さないあたしを見かねたのか、クロロは何度か同じ言葉を繰り返す。無視しながらうっとりと物思いに耽っていると、突然強い力で体が飛ばされる。何らかの念能力を使われていることはすぐ察せられたのだが、完全に両手は塞がっていたのと不意打ちだったのとであたしは成すすべなくクロロの元へと引き寄せられた。 「それはオレの本だ。分かっているのか?」 「だから。あたしにくれるんでしょ?しょーがない、そんなに言うなら貰ってやるよ。じゃ、あたしはコレで」 「阿呆。そう簡単に渡すと思うか?」 「そう簡単に奪われてたまるもんか、あたしだって長いこと待ち続けた本なんだよ」 「はっ。盗賊から奪えるものなら奪ってみるか?」 夜は長い。 ぐっと体を押し付けられたのは曲を奏で続ける闇色のピアノ。既に何曲か弾き終わり、切なげな響きを持つセレナーデを響かせ始めた。こんな必死な状況には全く似つかわしくないその曲は、あたしとクロロを全く気にせず自由に自分本位に、好き勝手に空中を駆けていく。あたしが硬く抱きしめたまま放さない本に手をかけて、クロロはもう片方の手でくい、とあたしの顔を自分に近づけた。 端正な整った顔が近い。呼吸が感じられる。悔しいけれど、こいつの顔がどう見たって美青年なのは認めざるを得ない。だってそれほどまでに彼の顔は整えられている。だけどだからといってこのままいいようにやられてしまうことに納得行っているワケじゃあない。そんなの納得行くわけがない。 「・・・・・あんた、営業妨害で店長に訴えられるよ」 「そう思うか? もう既に店長はお前のことを明後日のほうにやってしまっているじゃないか」 「〜〜〜〜〜ッ」 その言葉に視線だけ店長に投げると、成る程、店長はあたしとクロロの存在を放棄したように自分の好きなレコードをかけながら先ほどの超極上ワインを傾けつつうっとりと舟を漕いでいた。何してるんですかちょっとちょっと! 「邪魔者なんてここにはもういない」 「店長が邪魔って言いたいのかよ? ここは店長の店だ」 「そしてその本は俺のだ」 「それとコレとは話が違うッ、ん!」 いきなり唇が塞がれる。本に掛かっていたクロロの手が外れ、ピアノに伸びた。 キスと同時に始まった短い恋の曲。紡いでいるのはピアノのプログラム?それともクロロの手? あたしには見ることは不可能で。だけど、時折音が狂った様に飛ぶから、なんとなく、完璧な機械の音じゃなくて不完全な人間が奏でる曲だと勝手に信じ始めていた。 (ノンブレスでのラの♭は何拍もつか) (キスと同じ長さのその曲に嫌悪感を抱くようになりました) (結局盗賊からモノを盗むことは無理難題に近いかもね) 080613 ゴメンナサイ情景・雰囲気描写に力を入れすぎました。 最初のピアノの雰囲気がものすごく気に入ったんです。 そしたらクロロとをどう動かしたらいいかわからなくなりました← 本当スイマセン。難産だったよもう! |