あたし、は、今日。フラれました。




「ひぐっ、え、うえぇぇ、えっく、うえぇん」
「お前もうちょっとかわいい泣き方できねえの」
「どぉせかわいくないもん、ふぇ、うぐぇええ、えっく、うぇ」
「赤ん坊か」


 ぼろぼろぼろ、涙が後から後から毀れて止まらない。喉の奥から嗚咽が漏れる。かわいさなんてかけらもない。よく映画やドラマなんかでは、ヒロインはとっても綺麗に可愛く涙を流す。同性なのにどきりとしてしまうくらい綺麗に。でも実際のところそんな泣き方ができる人なんてそうそういなくて、例にもれずあたしの泣き方はそれはもう情けなさ丸出し。ああ、かっこ悪い!


「あーあーあーもう、鼻水と涙で顔、かっぴかぴだぞ。おい、聞いてる?」


 聞いてる?で顔のぞきこむな!人がわざわざ下向いて泣いてるところをわざわざ見るな!かっぴかぴとか言うな!!デリカシーゼロ、もう、あり得ないこいつ。


「わかっ、わかってる、もん、ばかっ、ばか、バカシリ、最低!」
「じゃーオレとを振ったあの男、どっちが最低?」
「なっ・・・」


 涙と鼻水とでひどい状態の顔を思わず上げる。どっちが?どっちが最低か?瞬間的に蘇ってきた昨日まで、いや今朝まで、いやいやついさっきまで恋人だった(過去形!なんて嫌な響き!!)男の爽やかな最後の笑顔。そうよ、あの男、あたしを振る時笑顔だったのよ。ついさっきまでらぶらぶを謳歌していた大好きな(はずの)恋人に、唐突に「別れよう」なんてあまりにもひどいと思わない?前から冷めてたとかケンカが多かったとかそういう凶兆があったらともかく、あたしなんて呑気に「今週末のホグズミード楽しみだなー」とか考えていたっていうのに!

 おまけに別れる理由が「ごめん、好きな人できたから」ですって?なによそれ、好きな人?じゃあどうしてあたしと別れた、はい次の瞬間、別の女の子と手を組んで楽しそうにうれしそうに幸せそうに歩いて行った―――どういうことよ!?別れてから別の人と付き合いだすまでが5秒って、ありえないでしょ!馬鹿じゃないんだから、わかるわよ!


「ちっくしょぉー・・・!ふ、ふたまた、かけられてたっ、なんて!」
「じゃあオレのほうがマシ?」
「そうねマシだわあんなやつ、」


 に比べれば、と言おうとしてまた涙が。悔しい。悔しいけれどあたしはそれでも大好きだったのだ。ふたまたまでかけられて、挙句に捨てられて。なのにどうして、やっぱり大好きなのだ。告白してOKもらって付き合って遊びにも行ってキスもして、全部楽しかった。嬉しかった。なのに。


「お前もなんであんなのにホレたんだよ」
「しっ、らない!」


 らの音が裏返った。あーあ、もう、全然かっこつかない。かっこ悪い。最悪。捨てられた女、もうほんと救いようがないくらいかわいそうな響き。あの人と腕を組んで幸せそうに歩いていたのはあたしのはずだったのになあ。なんでかな。全然思い通りにならない。あたしの代わり(違う。あたしが「代用品」だったのかな)のあの子は、きっと綺麗に泣くんだろう。こんな情けない泣きかたじゃなく。


「ところで捨てられたさんは、」
「ふぇ?」


 なんだそのケンカを売ってるような形容は。自分で言うのはいいけど他人に言われるとさすがに傷つくぞ。そんなことを思いながら、真黒な夜色の瞳を見上げた。


「オレとつきあってその男を見返しちゃおうかなーって気になりませんか」


 綺麗な夜の瞳にうつった、真っ赤に目をはらした一人の不幸な子は、思わず止まった涙に気づかないまま顔を覆った。なにそれ、あたしはどう答えればいいんですか。思ったことをそのまま告げると彼は、「まあ考えておいてよ、だけどと一緒にいるオレって結構幸せなんだぜ」そう言って優しく笑った。















幸せのベクトル方程式

(案外しあわせというものは足元に転がっているものなのだ)












090829