死というものは、苦しくて痛くて辛くって、怖くて怖くて仕方のないものだと思っていた。鮮血に染まったエレベーターのなかでぼんやりとそれだけ思った。ああ、あたし、なにしてたんだっけ。目が覚めたら止まっていた目覚まし時計に悲鳴を上げて、適当に身支度を整えて(それでも最低限のことはしたつもりだけど)朝食もほとんど食べずにミルクだけ飲んで飛び出してきて、オフィスに着いたなんて考える余裕もなく降りてきたエレベーターに飛び乗ってようやく一息。あれ?いつもとほとんど変わらないはずだった、のに。目覚まし時計が故障していたこと、それくらいの異常、日常として許容できる範囲の異常だった、のに。

(小さな小さな異常は日常に亀裂を入れていた)

 そういえばオフィスは静かだったなぁ。警備員の人たちもいなかったし。同僚の誰ともすれ違わなかったし、受付にも誰もいなかった。あれ?どうして?目の前で綺麗に嗤う金色の髪の青年と目があった、様な気がした。膝がエレベーターの床につく前に彼はなんと言っていた?「あれ?まだヒトがいたんだ?」そんな風に言ってなかったっけ―――そして吹き出した血で染まった箱のなか。これはあたしの血?あれ?死ぬの?あたし死ぬの?今日、今、此処で?

 すぅ、と意識を手放すそのときに、その青年の碧い瞳にあたしが映った。あぁ、これが死なら、あと二、三度死ぬのも悪くないかな。ずるりとくず折れたあたしの目の前で、閉まりかけるエレベーターのドア。その鉄製の扉をがつっとつかんで、かれ は、あ たし を  見 下   ろ  し て     













いつかのさよならを捧ぐ

(good-bye,and have a nice dream.)




100221