ふわりと風が流れた。昨日まで降り続いていた雨は上がり、随分とご無沙汰していた太陽が顔を見せる。窓から吹き込んできた風が心地よい。雨の滴が光を反射して、初夏を感じさせる爽やかな朝。オフホワイトのシーツに包まれて眠り続ける少女の頬に、そ、と触れて、俺は広がっていたカーテンを束ねるために立ちあがった。そしてその作業を終えてから再び俺は椅子に座り中断した読書を再開しようと本を開く。その間、少女はただ規則正しい寝息を立て続けた。切なくなって目を細めて、しかし俺はそのまま文字へと目を落とす。


 彼女が眠りについて、1年が経過しようとしている。










 なぜあの日でなければいけなかったのだろうか。









 よくあるお涙頂戴な馬鹿馬鹿しい感動モノの映画やら小説やらのキャッチコピーに使われそうな台詞が思い浮かんで、無意識に苦笑が浮かんでいた。なぜ。あの日。そんなものだろう。人間の命や運命なんてものはいつだって唐突に急展開を見せるものなのだ。しかし、いくらなんでも。

 莉菜は目を覚まさない。ちょうど1年前のあの日から、ずっと。病弱でたくさんの数え切れないほどの持病があって、たくさんのリスクを背負って生きていて、死と隣り合わせの生活を送っていて。それなのにいつもきらきらとあの子は笑うのだった。明るい茶色の瞳が嬉しそうに俺を見上げたのが懐かしく感じてしまうほどに、ああ、時が過ぎていったのだなあとぼんやりと思った。ただただ眠り続けるだけであって命はそこにとどまり続ける彼女は、まるでほんの数瞬前に眠りについたかのようだ。

 規則正しく寝息を立て、上下する胸に幾度か震える瞼。なのに、瞳を開けることだけはしてくれないのだ。抱きしめても話しかけても、キスを落としたとしても。医者の言う話などよくは分からないけれど、このままの状態が続いて良い訳がなかった。目を覚まさず永遠と眠り続ける、考えたくはなくとも、その可能性は充分すぎるほどにあったのだ。


「・・・言ってないことが、沢山、ある」


 今も動いてくれている旅団員たちの働きがあっても、莉菜の目を覚ます方法は見つからなかった。感じる無力に打ちひしがれそうになりながら、それでも俺は。


「ねえクロロ」
「なんだ」
「今日ね、何の日か知ってる?」
「・・・今日?」
「えっ。ちょっとクロロ、まさか」
「・・・・・・・?」
「うわあ最低!!」


 覚えているとも。覚えていないわけがない。知らないはずがないだろう、この俺が。少しだけ意地悪をしてみただけなのに、彼女はたったそれだけですぐに拗ねてみせた。ああ、全く敵わない。いつだって勝てたことなんてない。そう、こんなに勝てないのは莉菜だけだった。

 意地っ張りで素直じゃなくて、そのくせ寂しがり屋で泣き虫で。いつだって俺を待っているのを知っていた。人一倍怖がりなくせに、弱くて力もないくせに、俺のためだけに周囲に虚勢を張っていることも知っていた。そうだ知っていたんだ。君のことで、知らないことなんかなにもなかった。


なあ、まだ俺は君に何も伝えてない。伝えて、ないんだ。  





*





 私はクロロを好きだし、愛しているかどうかときかれたらそうだと答える。だけど超人奇人スーパーマン、(ああ、超人とスーパーマンって同じ意味だっけ)そんな彼と、ごくごく普通の一般人であり、しかも体も強くない、それどころかあと一歩であの世に片足を突っ込みそうな私が、裏世界の住民たちとなんて何のかかわりも持たないはずの私が、出会うなんてこと。あっちゃいけなかったのかもしれない。どうして出会ったのか、そうそれは奇跡みたいな偶然の積み重なり。私はいつどこで彼に(もしくはその周囲の人々に)殺されてもおかしくなかったのに、いつのまにか好き合って恋人同士という仲になって。今考えてもなんだかおかしいくらい、私たちはほんとうにピンと張られた一本の細い糸の上に立って抱き合っていたようなものだったのだ。


「どこ見てるの?」
「・・・いや、別に。お前に見とれてた」
「うそつき。そんなわけない」
「本当だ。信じろとは言わないが」


 そう言ってキスを落とされれば私は頷くしかなかった。ああ、なんてずるいんだろう。いつだって私はクロロには敵わないんだ。勝てたことなんて一度もないよ。本ばっかり読んで相手してくれなくて寂しくなることもあったけれど、私はそんなクロロが大好きだったよ。今も、ずっと。

 尊大で我がままで、でも私の名前を呼ぶときだけほんの少し。声が優しくなるの、知ってた。ぶっきらぼうに見えて意地悪に見えて、本当は私のことなによりも考えてくれてたね。纏う空気が柔らかくなるのも、私だけに見せる表情があるのも知ってたよ。分かってたよ。ごめんなさい、まだ私、貴方になにも言ってないね。


 ねえ、まだ、私を待っててくれていますか。




*





 不意にカーテンが風に翻り、ドライフラワーの花瓶が軽い音を立てて倒れた。水などは入っていないが、カサカサに乾燥させられた花弁がふわりと散る。仕方なく立ち上がって戻そうとしたその時に、俺の目の端がとらえた、のは。


「・・・・・・ん、」
「・・・・・・・・・莉菜・・・?」


 ぴくりと微かに動いた細い指に、倒れた花瓶のことなど全て頭から消え去って、俺は彼女の枕元へと急いだ。小さく吐息のように零れた声。ああ、なんて懐かしいこの声。震わせた瞼をゆっくりと、ゆっくりと開いて、彷徨う視線がすぐ傍らの俺を捕える。そうして彼女は、泣きそうな顔で笑った。


「・・・・・・待っててくれて、ありがとう」
「・・・ああ」


 莉菜の目じりから零れそうな涙を拭いながら返事をする俺は、自分の声が喉にひっかかることに気づく。不覚にも、俺まで泣きそうなのかもしれなかった。だけれども、その前に、彼女をこの腕で抱きしめる前に、なによりも先に、俺には言わなくてはならないことがあった。そうだ。ずっと言えなかった、言いたかった。あのとき言えなかった分まで。


「ハッピーバースデイ、莉菜」


 生まれてきてくれて、ありがとう。それだけ言って、くしゃくしゃになった莉菜の顔を自分の胸に押し付けて、彼女を力の限り抱きしめた。1年越しの今日、1年前と同じ日に、莉菜の命を祝うことができるなんて。さあ、去年叶わなかった分も一緒に、2年分のお祝いをしよう。神様は本当にいるのかもしれないと、背に回された細い力のない腕をそれでもしっかりと感じながら俺は思った。










I'm
awakening
in the new world.

(いま貴方の隣に生きられることが、なによりも幸せです)













 香颯 莉菜さまv
 お誕生日、おめでとうございます・・・!
 勝手ながらお祝いですv
 
 出だしから夢主さんが意識不明で←
 非常に縁起が悪いような気がしたんですが(´・ω・`)
 そのままつっぱしってしまいました。(え)
 どうか受け取って頂けると幸いです・・・!
 非常にわかりにくくなってしまいましたがタイトルは「awake」です笑
 某有名バンドの歌詞から拝借いたしました><

 改めておめでとうございますv
 HPを通じてこれからもどうぞ仲良くしてやって下さい^^



100618 宝玉鈴那
 ※香颯莉菜さまのみお持ち帰り可となります。