どうか、君だけは。







 けだるげな体を無理やり起こして、事後の痕跡が色濃く残るぐしゃぐしゃのシーツに視線を向ける。ぼさぼさの髪や手足が気持ち悪くて、私は体にムチ打つようにしながらシャワールームへと向かった。頭の芯が呆、としてどうにも意識がはっきりしない。昨夜の記憶も大して残っていなくて、これは何かクスリでも使われたかな、と他人事のように考えた。腰が痛い。冷たいタイルの床が心地よくて、私は素足でその感触を味わった。

 どうしようもなく馬鹿な行為をしていることは明らかで、だけどどうすることもできないわけで。きゅっきゅっ、と響くノズル音と降り注ぐ冷水。洗い流されていく他人と触れあった証。一番好きな、と同時に酷く切ない瞬間だ。一人きりであることに直面させられている様な、そんな錯覚に陥る。

 がたり、とシャワールームの向こう。ベッドルーム、リビングルーム・・・いや、どこかは分からないけれどとにかく部屋のどこかで誰かの気配がした。独特の切なげなオーラに、ああ、帰ってきたんだなんて客観的な感情が湧き上がる。すぐにばたばたと足音がして、物音が伝わってくる。私はそれを無視したまま浴び続けていたシャワーの水を止めてドアを開けた。無造作に放り投げてあった下着だけを身に着けて、タオルを首にかけて廊下に出る。ぽたぽたと髪から雫が落ちて足元に落ちていく。

 そのまま足を進めてオーラの主を探すと、彼はベッドルームで几帳面に汚れたシーツをまとめて新しいものに取り換えて部屋を綺麗に整えていた。無性に泣きたいほどに苛立って、思わず声を荒げる。


「やめてよ、クラピカ」
「・・・ああ、。・・・・・・ただいま」


 哀しそうに、優しく笑いながら彼は私を振り返りそう答えた。反射的に「おかえり」と返しそうになり寸前で飲み込む。


「昨晩も、だったのか」
「・・・・・・」
「続いてるだろう。・・・体は、平気なのか」
「放っといてよ」


 じくじくと鈍痛が続く腰も熱を持っている様な頭の芯も無視して虚勢を張る。足元にまとめられた男女の行為の気配が覗くシーツ。その相手が、クラピカだったのならと、目の前に立つ彼だったのならと何度脳裏に描いただろう。けれどそんなことは決して有り得ないのだ。もう彼は、私に指一本触れることが無い。ただただ哀しい目で笑いかけてくるだけだ。


 それがどれだけ私を傷つけているかなんて、知っているくせに気付かないふりをする。


「そんなもの、触らないでよ。気持悪く、ないの」


 ねぇ、私の事は本当に大事なの?答えてよ。触りたい、抱きしめたい、愛してるって囁いてよ。乱暴で強い知らない手が私の体を這うことが許せるの?怒ってよ、怒鳴ってほしいよ。

 ・・・・・・私を、見てよ。


・・・。好きだ」
「嘘よ」
「愛してる」
「嘘」
「大切だ。何よりも守りたい」
「嘘!!」


 ぽたぽたと足元に落ちていく雫が髪から垂れるものなのか、頬を伝うものなのか。彼の表情は分からない。目に入るのは床に出来ていく小さな水溜りだけだ。足から、ひざから崩れ落ちて、そのまま顔を覆った。近づく彼の気配が伝わってくる。けれど、それでも、私には、触れない。


「・・・すまない、
「聞きたくない」
「私は・・・もう、君に触れられるほど、綺麗じゃないんだ」
「・・・・・・私のどこが、綺麗なの」
「君は綺麗だよ。昔から変わらないまま」


 たくさんの手に抱かれ、足を開いてきた。そんな私が綺麗なわけないのに。クラピカは「私はもう、」と繰り返すけれど、ならば私は彼が触れられるくらいまで汚れてしまいたい。これ以上にまで堕ちてゆけば彼は触れてくれるのか。抱きしめてくれるのか。こんなにぐしゃぐしゃの私でも、まだ彼にとって美しいものならどこまでだって汚れてしまいたい。私が一番触れてほしいのは貴方なの。その手でひきずりこんでくれるのならば、それで構わないのに。














beautiful days


 (お願い、置いていかないで)






120429