一生のうちに打てる鼓動の回数は決まっていて、そこに到達すると生き物は死んでしまうらしい。難しいことはよくわからないけれどこないだロビンが開いていた古めかしい本に載っていた。「あなた本も読むのね」なんてロビンが意外そうに目を細めていたのが印象的だ。私だって多少の知的好奇心くらいは持っているんだけど。


「・・・さ、サン、ジ、くん」
「んー?」


 そんなことを思い返したのはわかってる、ただの現実逃避。骨っぽくてすらりとしてて華奢でだけど力強い手が、私の腰をつうっと撫ぜ上げた。変な声が喉の奥から出るのを必死にこらえる。熱っぽい吐息が耳元で聞こえて(絶対、絶対わざとだ!)ぞくぞくと妙なものが背筋を駆ける。私の肩越しにうずめていた顔を上げて、サンジくんの綺麗な青色の目と視線が合った。


「呼んだ?―――
「ふ、ぇやっ!?」


 なにするの、とかどうしたの、とか、そういう台詞が口元から出かかったその瞬間、腰をしつこく撫でていたサンジくんの右手が突然私の腹に移動した。お腹とか、別に、楽しくないでしょ!?(ああぁぁぁダイエットしとけばよかった私のバカバカバカ!)そして結局口から飛び出したのはそんな情けない悲鳴で。しかもいつもならちゃん付けで甘ったるく呼ぶはずなのにこんな時に限って呼び捨てするから、私の頭は更に混乱してぐるぐるしてわけわかんなくなっていくのだ。サンジくんはくつくつと楽しそうに笑いながら、ちょっぴり煙草の香りがするキスを頬に落としてきた―――でもってそのままほっぺ舐めた!


「うひゃあ!?」
「あーも。可愛い。つか面白ェ」
「ちょ、舐め、あああんた犬か!?」
「こんな紳士捕まえといて犬はねェんじゃねェかな?」


 そんなことをしている間にも、彼の両手(片手だけだったのにいつのまにか増えてた!)は遠慮なしに私の体を這いまわっていく。その度に喉から零れる情けない悲鳴。男たちを虜にしていく娼婦たちはきっともっと、熟れて甘い果実のように啼くのだろうけれど。生憎と私はそういった女性たちには縁が無いらしく、私が男なら何故欲情するのか全く分からないような声ばかりが漏れた。


、可愛い。こっち向いて?」
「ヤダ、ばか、サンジくんのばかばかばかばか」
「(馬鹿って言うそっちが馬鹿みてェにクソ可愛いよ)大丈夫だから、顔上げて」
「大丈夫じゃないもんこっちはどんだけ心臓の音がうるさいと思ってんの!」


 まるで耳元で鳴ってるんじゃないだろうかと勘違いするくらいに自分の心臓の音がうるさくて、どくどくどくどく、もう、ほんと、限界っていうか極限の状態にあるってことを分かってほしくてつい行ってしまった言葉。しまった、と思う間もなくサンジくんの目はきらりときらめいた。「それ、確認しろってことだって受け取っていいよな?」んなワケないでしょエロコック!などと言えるはずもなく、彼の手は遠慮なく私の心臓のうえ―――つまり左胸へと服のなかを移動した。


「ッひ、ぅやっ!」
、聞こえねェからちょっと静かに」


 静かに、ってアンタ何様!コック様か知ってた!でも思わず言うことを聞いてしまって噛みしめる唇。落ちる数秒の沈黙。自分では分かりすぎるくらい分かってしまうとんでもなくうるさい鼓動の音。目を閉じたサンジくんは、それからゆっくりと目を開いて嬉しそうに笑った。


「ホントだ、すげェ鳴ってる―――オレのせい?」


 なにそれ頷けばいいの!?もともと赤かった顔が更に火照っていくのを見て、サンジくんはそれを返事と満足したのか下を向いたままの私の顔をすいっと上に向かせて唇にキスを落とした。あ、もうダメ。私、一生分の鼓動の回数をここで使いきっちゃいそう。



















左胸のホーネスト

(私の寿命が縮んだら、この人のせいなんだから)











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